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イベントのまとめと感想

博士人材育成コンソーシアムシンポジウム2026 参加レポート

2026.10.27

理工情報生命学術院 知能機能システム学位プログラム
博士後期課程1年 小谷佳純

 

2026年10月23日(金)に、北海道大学キャリアデザインセンター博士人材育成ユニット主催、博士人材育成コンソーシアム(CCDP)共催の「博士人材育成コンソーシアムシンポジウム2026」が、北海道大学学術交流会館で開催された。「ユニークな博士の育成と活躍の場の拡充」をテーマに、企業から2名、大学から2名のパネリストが登壇し、それぞれの経歴や取り組みを紹介する講演と、パネルディスカッションが行われた。

 

◼︎そもそも、なぜ博士を増やすのか

冒頭のコンソーシアムによるテーマ説明では、「そもそも博士はなぜ増やすのか」という問いが投げかけられた。博士課程学生への経済的支援が強化され、博士人材を増やす方針が示されるなかで、その目的は国際競争力の強化や、社会全体の成長・発展を牽引することにある。そうであれば必要なのは個性的な人材であり、そうした人材を育成するだけでなく、育成した人が活躍できる場を作らなければ目的は達成できない、という整理であった。

この問いには、講演とパネルディスカッションを通して何度も立ち返られた。大学から登壇した島田氏(広島大学)と本田氏(新潟大学)は、ともに博士教育の「本丸」は研究力であり、トランスファラブルスキルはそれを社会で活かすために付随するものであって、根幹ではないと述べた。パネルディスカッションでも、「一人ひとりの研究力を高め、日本を支える。博士であることがなぜ必要なのかを忘れてはいけない」という言葉があった。博士人材を支援する制度や事業が急速に整いつつある今だからこそ、手段が目的化していないかを問い直す姿勢が印象に残った。

 

◼︎博士はどのように活躍しているのか

講演では、博士人材が実際にどのように活躍しているのかが、登壇者自身の経歴を通して具体的に語られた。三桜工業株式会社の竹田氏は、日本の大学を中退して渡米し、天文学の分野で博士号を取得した。ポスドクを経て、リーマンショックを機に自動車部品メーカーである同社に入社し、新事業に携わった後、現在は社長を務めている。同社は10年以上にわたって博士人材を採用しており、竹田氏は「大学に尖った人材を育ててもらい、それを民間が責任を持って活かし切れるかが問われている」と語った。

旭化成株式会社の前田氏は、機能性高分子の研究で工学の博士号を取得し、外資系企業の研究職から技術営業を経て、現在はマーケティング組織の長を務めている。自分の研究が社会にとってどのような意味を持つのかという自問から、市場と顧客を理解するためにあえて営業職を選んだという。研究から離れた職種でも、課題を論理的に整理する力や、仮説を立てて検証を繰り返す姿勢、技術者と対等に議論できる専門性が土台になったと語り、専門性とスキルの「掛け合わせ」こそがユニークさを生むと強調した。

広島大学の島田氏は、哺乳類の卵子を取り巻く細胞の基礎研究から出発しながら、畜産試験場との共同研究を通して豚の人工授精技術の実用化に至り、その技術は今では国産豚肉の生産に広く使われているという。「専門ではないからやらない」のではなく、自分の力が活かせる場所を探すという姿勢は、竹田氏や前田氏の経歴にも共通していた。

新潟大学の本田氏は、気象学を専門とする現役の研究者でありながら、この数年で大学院改革や博士人材育成の事業を率いてきた。同大学では、高度な専門性をもとに総合知と実践力を発揮し、多様なセクターで未来社会の革新を生み出す人材を「博士イノベーター」と位置づけ、特に起業マインドを持つ博士の育成に力を入れているという。地域の企業だけでは博士の受け皿が限られるなら、「仕事がなければ仕事を作ればよい」という発想である。パネルディスカッションでも、自分の責任と権限で物事に取り組めることは博士と起業の共通点だという話があった。

パネルディスカッションでは、事業規模の大きな企業では専門性のマッチングよりも、主体性や自ら問いを立てる力、専門外のことにも機敏に取り組みゼロから学び直す力が重視されるという話があった。また、キャリアは最初から決める必要はなく、強みも変化していくため、適宜修正していけばよいという意見もあった。研究分野と仕事内容が一致していなくても、博士課程で一つの問いをやり遂げた経験は広く活かすことができる。登壇者の実例は、これらを具体的に示していた。

 

◼︎参加して感じたこと

「なぜ博士が社会に必要なのか」という根本的な問いと、博士人材が実際に活躍している具体的な実例の両方に触れられたことは、大きな収穫であった。一方で、企業が博士を採用するうえでの強みとして、英語でのコミュニケーション力や忍耐力・ストレス耐性といった点が挙げられていたことには、疑問も残った。

これらの力は、確かに研究生活の中で鍛えられる面はある。しかし、いずれも博士でなくとも身につけられる力であり、そもそも博士課程はそれを育成するための場所ではないはずである。英語でのコミュニケーション力は留学や海外での就業経験でも身につき、忍耐力も博士課程に固有のものではない。博士の強みをこうした汎用的な能力に求めてしまうと、冒頭の「なぜ博士でなければならないのか」という問いに、かえって答えられなくなってしまうのではないだろうか。

パネルディスカッションの中でも、「博士はレジリエンスが高く評価される面があるが、それを強要するものではない」「企業側の『博士はこうあるべき』という固執は根強い」という指摘があり,博士ならではの価値はパネリストが一貫して述べていたように、自ら問いを立て、その問いに長く向き合い、新たな知見を生み出す力にこそあると考える。前田氏や島田氏の実例が示していたのも、英語力や忍耐力そのものではなく、研究で培った専門性と問いへの向き合い方を、異なる場で活かしてきた姿であった。

島田氏は、博士が「私はこの研究を通して何ができるようになったのか」を語れないのがもったいないと述べていた。博士課程に身をおく私自身も、博士だからこそ持てる力とは何か、自分の言葉で語れるようになりたい。そのためにも、まずは自身の研究に真摯に向き合い、専門性を深めていきたいと考える。